1800年の国境で、フランスと影響下の共和国(バタヴィア・ヘルヴェティア・北イタリア)、対仏大同盟のおもな国(イギリス・オーストリア・ロシア・プロイセン)を塗り分け、エジプト遠征・アウステルリッツ・ロシア遠征・セントヘレナ島への流刑を矢印で示すテンプレートです。凡例つき。







ナポレオン・ボナパルトは1799年のクーデターでフランスの実権を握り、1804年に皇帝となりました。1798年のエジプト遠征、1805年のアウステルリッツの戦い(三帝会戦)でのオーストリア・ロシアへの勝利を経て、ヨーロッパの大半を支配下に置きます。しかし1812年のロシア遠征で大軍を失い、1814年に退位してエルバ島へ。翌1815年に復帰しますが、ワーテルローの戦いで敗れ、南大西洋のセントヘレナ島に流されました。地図は1800年時点のおおまかな国境で、北イタリアの共和国は元データの区分により「ロンバルディア」と表示されます。
昔の国境は historical-basemaps(GPL-3.0)のおおまかなデータです。細部は史料と異なる場合があります。
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